お客様とともに

田中 了JIPテクノサイエンス株式会社
建設ソリューション事業部大阪技術営業部 部長
田中 了

「スケールの大きな仕事、チームで取り組む仕事」がしたいとの思いが、大学で土木を専攻した理由でした。1988年に日本電子計算(現JIPテクノサイエンス)へ入社。入社時は、大阪支店の住宅関連の部署に配属され、住宅CADシステムの開発を担当しました。 1995年に広島支店において橋梁設計グループが新設され、そのメンバーとして広島支店に異動となりました。そこから私の橋との関わりが始まります。当時は地方自治体の橋梁発注が活況で、常に多数の設計業務を抱え繁忙を極める毎日でした。当初はプレテン桁、ポステン桁などのPC橋を担当し、小規模ながら拡幅や斜角の条件が厳しいなど、手間のかかる橋が多く苦労しました。 その後、徐々に大型橋梁や特殊橋梁の設計に携わるにつれ、知識や技術が圧倒的に足りていないことに気づくようになりました。私の技術レベルが設計成果の良し悪しに影響する責任を感じ、道路橋示方書や基準類を何度も読み返したり、耐震設計の習得に取り組んだりしたことを思い出します。その当時、悩み考えながら仕事に打ち込んで得たものが、その後の私の財産となっています。 2002年に大阪支店の橋梁設計部署へ異動となり、主に高速道路会社発注の大型PC橋工事の設計営業を担当しました。当時の大型PC橋工事では、波形鋼板ウェブや偏心ケーブル構造、プレキャストセグメント工法といった新たな工法が積極的に採用されていました。設計手法の提案や設計ソフトの改良、FEM解析による実証等を通して弊社サービスで工事を幅広くサポートすることができ、非常にやりがいを感じる仕事でした。なかでもBIM/CIMという言葉がない時代に、PCラーメン橋の柱頭部配筋の3Dモデル化に取り組ませて頂いたことが印象に残っています。有効なツールがないながらも、人海戦術でどうにか3Dモデルを完成させ、ユニット鉄筋の落とし込みシミュレーションにご活用頂いたときは、大きな達成感を得ることができました。この頃は、現場へ出向くことも多くなり、橋の力強さと美しさに魅了された時期でもありました。 2015年からはBIM/CIMや鋼橋製作情報システム開発のICT事業を担当することになりました。BIM/CIMは、知見を拡げるために土木学会ICT施工研究小委員会に参加させて頂きました。ガイドライン(案)作成やCIM講演会等の推進活動を通して、委員の皆様からBIM/CIMの目的と将来像についてご教授頂いたことは有益な経験でした。当時のBIM/CIM活用から比べると、関係者皆様のご尽力によって、随分、利活用されるようになりました。しかし、手軽にBIM/CIMモデルを活用するには、まだ取り組むべき課題が多いと感じています。 また、鋼橋製作情報システムに関しては、工場製作工程の生産性向上を目的に、ユーザ様と共に継続的な開発を進めていますが、昨今は、建設DX推進の流れもあり、建設プロセス全体での効率化が求められています。これら難しい課題が山積していますが、橋梁業界の変革期と捉え、諸先輩が今では当たり前のように利用しているシステムを作り上げたように、次世代に新たなソリューションを提供することへ微力ながら努力したいと考えています。 今回、これまで携わってきた仕事を振り返ることで、多くのお客様に支えられ、本当にさまざまなチャンスを与えて頂いたことに改めて気づきました。この紙面をお借りして、心よりお礼申し上げます。今後もお客様とともに成長できるよう精進してまいります。 次は、橋梁耐震補強において大変お世話になっている、大日本コンサルタントの具志一也様にバトンをお渡しします。

愛知製鋼