そして今の私がある

掛 園恵日本ミクニヤ株式会社 大阪支店
環境防災部 部長
掛 園恵

小学生の頃、地元に山陽自動車道が開通しました。校庭から見える工事現場からは毎日、工事の音が響き、図工の時間、写生をしているとだんだんと橋が繋がり、景色が変わっていく様子を目の当たりにしたことを記憶しています。同じ頃、しまなみ海道の5番目の橋である「生口橋」が開通しました。これまではフェリーで渡っていた島へ車で行ける、人々の生活を大きく変えることが出来る〝土木〟に魅力を感じ、呉高専で土木を学ぶことを選びました。 日本ミクニヤ(以下、当社)に入社したのは当時の指導教官に薦められたこともあります。当社は、「海とその調和」をテーマに1985年の創立以来、防災と環境のリスクコンサルティングサービスを展開してきました。社員一人ひとりのやりがいを大切にする会社で、私は既設構造物の調査点検を中心に経験を積んできました。またフィールドを重視することも当社の方針の一つで、初担当現場の下水道では、実際に化学腐食したコンクリートを直接触り、詳細に調査しています。その後、橋梁、トンネル、海岸・港湾・河川構造物等、幅広い構造物の調査点検を経験、今に至るも技術者として貴重な財産となっています。 特に、土木に魅力を感じるきっかけとなった橋梁には思い入れも強く、現在までに自分の眼で見て、手で触れて点検した橋梁は1000橋を超えているはずです。私たちは構造物に一番近い場所で調査点検をしており、「インフラメンテナンスにおける第一フィルター」として極めて重要な役割を担っていると自負してきましたし、これからもそうであり続けるつもりです。 20代の頃は、誰よりも段取り良く、安全で細やかな橋梁点検をすることに心血を注いでいたように思います。橋梁点検車や高所作業車の操作技能を磨き、多くの損傷に触れることが、何より楽しく、また夢中になっていました。ただその後、部下ができた頃から、調査点検に携わる者は技術者として社会に認知される必要があり、そのためにも技術力をより高め、育てていかなければならないと強く思うようになりました。 技能資格一辺倒だった私ですが、思い切ってコンクリート診断士や社会基盤メンテナンスエキスパート等、知識と技術を示す資格を取得しました。こうした資格を取得したことで、通常業務以外で、業界の方々との交流の機会に恵まれ、有難いことにそのご縁は現在も続いています。 30代は、笹子トンネル天井板落下事故後の道路ストック総点検と、法令点検の義務化により増加した橋梁点検に日々追われながら、特に国道2号淀川大橋の大規模修繕に伴う詳細調査に携わったことが思い出に残っています。高力ボルトの遅れ破壊や亀裂、吊り橋のケーブル破断、垂直材の座屈等、緊急報告を要する損傷にも数多く遭遇し、現場に出て約20年が過ぎてもまだ見ぬ損傷は多く、今でも新たな損傷に出会えることを思い、不謹慎ではありますが、ワクワクしながら現場に出ています。 40代に突入する2019年秋から23年度末にかけ、舞鶴高専の玉田教授と嶋田特命准教授とのご縁とご指導で全国5高専によるインフラメンテナンス人材を育成するリカレント教育のコンテンツ開発と、その運営に携わりました。人生100年時代の社会人の学び直しに十分な手ごたえを感じつつ、本稿執筆中に、4年半にわたる会社と高専の兼業を終えたことを付け加えておきます。 「自分の感動と知識を、所属する組織に帰って共有する仕組みを作ろう」と思います。 「仕事を好きになった、組織を好きになった、そして今の私がある」とも思っています。 どちらも、岐阜大学の八嶋名誉教授が講演で仰っていた言葉です。聴いた当時も感銘を受けましたが、今、講演資料を読み返しても、なお一層深く心に届くと感じます。 次回は、橋梁点検を始めた頃からお世話になっているキナンの原田貴生様にバトンをお渡しします。

愛知製鋼