伝えるための努力

辛嶋 景二郎川田工業株式会社
橋梁事業部橋梁営業部大阪営業部 部長
辛嶋景二郎

早いものでこの会社に入社して今年で30年目になります。入社時は技術部に配属され、橋梁の設計の業務に13年間従事しました。その後、営業部に籍を移し現在に至るのですが、今では営業職としてのキャリアが技術職のそれを超えました。 技術部時代に特に印象に残っているのは首都高速道路公団発注の工事で、首都高速5号池袋線の一ツ橋付近に出路を設けるものです。出路は3径間連続鋼床版箱桁橋と2径間連続鋼床版鈑桁橋で構成され、供用中の本線に分流区間となる鋼床版鈑桁橋を接続します。入社3年目から担当した詳細設計の内容は新設橋の設計だけではなく、既設橋の改造や補強設計も含まれ、技術的課題も盛りだくさんでした。 道路橋示方書や各種技術資料を読み込み、様々なことを勉強する必要があり、とても私一人では手に負えるものではありませんでした。なんとかやり遂げることができたのは、多くの先輩方のご指導、ご協力があったからに他なりません。この工事では現場溶接・現場塗装の専任技術者として現場施工にも従事しました。自ら設計した橋梁を施工できる機会を得られたことは幸せなことだったと感じていますし、この工事での経験が技術者としての基礎体力になったと思います。 営業部に籍を移してからは、技術部時代とは異なる立場で工事に携わることになりますが、工事内容の情報発信について大きな変化がありました。技術部の頃は工事報告や土木学会への論文投稿など、伝える相手は技術者で、伝える内容は専門的なものばかりでした。営業部では、事業の目的や効果、仕事のやり甲斐や魅力等を、一般市民の方々に向けて発信する機会が多くなりました。 九州地方整備局発注の工事において、国内最大級1250トン吊のクローラクレーンを使用した夜間一括架設の現場見学会を開催し、約300名の市民の方に迫力ある橋梁架設を見学してもらいました。大型クレーンを使った一括架設は一般の方々にも魅力的なコンテンツとなるはずですが、見せ方によっては施工者の独りよがりな見学会になりかねないという危機感がありました。どうすれば多くの方々に本工事を「自分事」として捉えてもらえるか、(一社)ツタワルドボクの方々と一緒に多くの議論を重ねました。 見学会当日、参加者が見守る中で作業員全員が参加した安全祈願では、作業員の真剣な空気感と、市民から多くの声援を受けた作業員は気持ちが引き締まり、現場の熱気が一段と高まりました。作業が始まると大型スクリーンに詳細な映像を映し出し、軽快なトークでその内容を解説することで、作業状況をリアルタイムで感じて頂くことができたのではないかと思います。 SNSなどの情報ツールが普及し、誰もが簡単に情報発信できる時代ですが、〝できるだけ平易な言葉で分り易く〟と心がけたところで、伝えたい事を届けたい相手に、きちんと伝えるのは難しい事ですが、土木技術者は公共工事の意義や工事で用いる高度な技術を一般の方に分り易く伝えるための努力を続けなければならないと考えています。 次回は九州橋梁・構造工学研究会(KABSE)の見学会小委員会で一緒に活動しているエム・エムブリッジ株式会社の上坂隆志氏にバトンをお渡しします。

愛知製鋼