威厳と尊厳

岡田 章有限会社アイエムジー
代表取締役
岡田 章

今年56歳を迎え、過去を振り返りゆっくりと自身の橋歴を顧みる機会を与えていただきました。  私が28歳のとき、縁あって地元愛媛県今治市の造船原寸会社に勤めることになりました。原寸とは、一枚の鋼板に効率良く部品を配置し、切断する為の部品情報図を作成する業務です。それまで携わっていた電気関連から鉄の巨大な構造物への変化は私にとっては大転機であり、初めて見た構造物図面には強い衝撃を受けました。平面・側面・正面の図で構成された情報図面は、当初全く理解することが出来ず、少し社会人経験を積んで得た自信がへし折られたことを思い出します。 2002年、34歳の時、「同じ鉄だからやれる」という安易な考えから、橋梁原寸会社を設立しました。今思えば本当に無謀な挑戦であったと思いますが、関係者の方々からのご温情のおかげで無事船出することができました。 2009年、41歳の頃です。橋梁原寸業界もデフレの嵐が吹き荒れ、価格競争に突入していました。当時は海外の中でも特に中国という選択肢に多くの企業が進出していきましたが、我が社は、縁あってベトナムへの道が開けました。悩むことなく飛行機に乗り込み、アイエムジーベトナム社を設立します。 しかし当初ベトナムには原寸という概念がない状況でした。展開方法を教えるも上手く伝わらず、依頼業務も単純作業ばかりが増えていきます。日本人管理者を常駐させ、約5年に渡り何人もの指導員を送り込みますが、上手く軌道に乗りませんでした。ベトナム人が優秀であるのは理解していましたが、日本品質に到底辿り着くことが出来ません。 そのような折、日本側の業績も悪化したため、日本人スタッフを全て国内に戻し、管理全てをベトナム人に任せることにしました。それから徐々にベトナム社が機能し始めたのを実感していきます。 さらに、彼らは独自システムを開発し、3DCADを駆使して自動原寸をやってのけたのです。そのやり方を認め推奨することとし、以降ベトナム社は日本人が常駐しない会社となり、その傍ら鋼製橋梁3Dモデルを自動部品展開することが可能になる橋梁情報処理自動システム(トロンG)を構築するに至ります。このようなベトナム社の成長プロセスに「威厳と尊厳」のタイトルをつけさせていただきました。 その後も業界の移り変わりと共に我が社も変化を続けます。原寸メインの業態からの構造改革に着手するため、私自身48歳の頃長崎大学(森田教授)の道守補の資格を取得し、次に岐阜大学(村上教授)の社会基盤メンテナンスエキスパート(ME)を受講させていただきました。その間に施工管理資格を取得し、ようやく土木業界の一端を担えることとなります。DX・GXにトロンGを活かし日本のインフラ予防保全に貢献出来るよう、これからも日々勉強を積み重ね「橋の町医者」を目指し邁進していきたいと思っております。 次号はトンネルシールド工法での施工を数多く経験され、社会基盤メンテナンスエキスパート山口でもあるKBI代表取締役興梠修司様をご紹介させていただきます。

愛知製鋼