橋との歩み

高井 俊和九州工業大学 大学院工学研究院
建設社会工学研究系准教授
高井 俊和

現在、九州工業大学、建設社会工学科の構造工学研究室に所属し、橋梁、鋼構造に関する研究を行っています。 この橋歴書の執筆のお話をいただいたとき、初めに研究の話題が頭をよぎりましたが、細かい話になりそうだったため、ここでは置いておいて、これまでの橋との歩みを振り返ってお話ししたいと思います。 生まれは神戸で、港の航路に交差してランドマークにもなっている大きな橋がいくつも架かっています。 小さい頃、おじの配達の車に乗せてもらい橋を見ながら過ごしてきました。当時は臨港道路のハーバーハイウェイが建設途上で、橋がいつ伸びるのか待ち遠しかった記憶もあります。 既に完成していたアーチ橋の神戸大橋、斜張橋の六甲大橋、ニールセン橋の灘大橋をよく車で通った思い出があります。いずれも赤い色の橋で、六甲山山頂から眺めた街並みのなかでも目立つ存在です。 また六甲山にのぼる表六甲ドライブウェイの途中にある新六甲大橋も強く印象に残っています。山あいのループ状の道路を構成する上路アーチ橋で、アーチをくぐるアプローチ道路があり、近づいた時のアーチの大きさはよく覚えています。 そんな日々を過ごしていた中、中学生の時に経験した阪神・淡路大震災は今でも忘れられません。平穏な暮らしが失われ、高速道路や鉄道の高架橋が倒壊したのは驚きでした。 今から思えば復旧は迅速だったのかもしれませんが、当時は長くかかった印象があります。失われてはじめて気づく重要性や、機能を維持し続けることの難しさも感じます。 その後、大阪市立大学に入学し、4年生からは橋梁工学研究室に所属して研究を始めました。研究テーマは橋の景観評価で、当時の研究室にあって、力学系の実験、FEM解析とも少々異なるテーマでした。 アンケートによる評価もあり、結果整理のために統計を学んだ経験は今でも役に立っています。 研究室には先輩、後輩、社会人ドクターの方など多様な方々が多数在籍し、今から思えば研究をはじめ様々な面で多くの影響を受けたと思います。 修了後、FEM解析を行う会社で、自動車の衝突解析の業務に従事し、後期博士課程で橋梁工学研究室に戻り高力ボルト継手の研究を行いました。 研究室や企業での多様な経験が現在の研究の原点にもなっています。 修了後、石川工業高等専門学校に勤務し、九州工業大学建設社会工学科の構造工学研究室へ移り現在に至ります。  職場を移り5年が経ちますが、新たな研究室で多数の卒業生の方々にもお世話になり研究を進めています。 橋をキーワードにこれまでの歩みをお話ししてきました。 橋を100年に渡って使おうとする時代にあって、橋が建設されてから時代や橋を取り巻く人々がうつり変わっても、人々の生活を支え、人と人をつなぐ橋の機能は永らく変わらないと思います。 これからの歩みも、橋のように人と人をつなぎ、さらに永く続くように取り組んでいこうと考えています。 次は博士課程在籍時にお世話になりました東京コンサルタンツの臼倉誠さんへバトンをお渡ししたいと思います。

愛知製鋼