橋梁新聞

橋梁新聞

日本全国には80万橋(橋長2メートル以上)の橋があります。橋梁新聞はそうした全国の橋梁について、新規建設、補修・補強、維持管理、マネジメントなどの、橋梁全般にわたる動向を取材報道をしている専門紙です。1973年3月に創刊しました。

好評連載
「最前線を探る」
「この女性にきく」
「橋景」
「各官公庁の発注動向と受注動向(シリーズ傾向と対策)」
リレー橋友録「私の橋歴書」
「設計着手橋梁一覧」
「はしわたし」
「ヒューマン・ブリッジ」
「木橋新聞」ほか

発行日
旬刊(毎月1、11、21日発行)
うち、年4回(1、5、8、10月)は合併大特集号発行

販売価格
半年間¥50,600(税込) 年間¥96,800(税込)

本紙のあゆみ
1000号 平成20年8月21日号 創刊1000号記念号を発行
平成20年6月12日 テレビ東京「オープニングベル」で本紙記者(澤田繁男)がゲスト出演
平成20年4月30日 与党は暫定税率復活法案を衆議院で再可決
平成20年3月31日 揮発油(税の暫定税率期限切れ
平成19年8月21日号 長寿命化修繕計画の地方自治体アンケート調査の掲載を開始
平成19年4月25日 「‘06橋梁新聞賞」(第9回)横田尚哉氏に贈賞
平成18年5月1日号 保全発注2年連続1900億円台
900号 平成17年11月1日
平成17年10月1日 道路関係4公団が民営化
平成16年5月 国会議員の年金未納者発覚相次ぐ
平成15年8月4日 社名を橋梁新聞社に変更
800号 平成15年1月21日号
平成15年1月 官製談合防止法
平成14年10月 低入札価格での落札横行
平成13年11月 道路4公団民営化方針、政府決める
平成13年1月 国土交通省(建設省・運輸省・国土庁・北海道開発庁統合)発足
平成12年7月28日 四国縦貫自動車道(大洲・徳島間)全線開通
700号 平成12年4月11日号
平成11年3月17日 「‘98年橋梁新聞賞」(第1回)西川和廣氏に贈賞
平成11年2月 日銀ゼロ金利政策
平成10年4月5日 明石海峡大橋が開通
平成10年3月13日 テレビ朝日「ニュースステーション」で本紙が紹介
平成9年10月1日号 本四公団技術4部長座談会
600号 平成9年7月1日
平成7年10月19日 第二東名高速道・愛知区間が起工式
平成7年1月17日 阪神・淡路大震災発生、「橋梁神話」倒壊
平成6年10月21日号 本紙記者(澤田繁男)が明石海峡大橋3P塔頂から俯瞰、キャットウォーク歩行取材敢行
500号 平成6年9月21日号
平成3年12月8日 生口橋(西瀬戸自動車道)開通
400号平成3年12月11日
平成3年9月11日号 東京港連絡橋のキャットウォーク完成
300号 昭和63年7月5日
昭和63年2月2日 フジTV「なるほど!ザ・ワールド」で本紙紹介
昭和61年4月26日 明石海峡大橋が起工式
200号 昭和59年5月20日
昭和58年8月5日 新聞の題号を「橋梁新聞」に変更、Dルート海峡部JV所長座談会開く
昭和59年3月5日 リレー橋友録「私の橋履歴書」連載開始第一回執筆者、川田忠樹川田工業社長
昭和57年5月20日 協力会社による座談会岡山市で開催
100号 昭和55年3月5日
昭和53年10月10日 本四児島・坂出間が着工
昭和53年3月20日 「本四連絡橋新聞」に改題
昭和52年10月20日 大鳴門橋下部工所長座談会開催
昭和51年7月2日 大鳴門橋が着工
昭和50年12月21日 大三島橋が鍬入れ式
創刊号 昭和48年3月1日号 前身「本四連連絡橋通信」創刊第一号

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