五万円のお茶

森川 佳則大阪高速鉄道株式会社
技術部工務課長
森川 佳則

大阪モノレールは、伊丹空港を起点として、大阪市の北部に位置する七つの市をつなぎ、大阪市を中心にして放射状に整備された六つの鉄道路線と連絡する跨座型モノレールです。1990年6月の開業を皮切りに五度の延伸開業を繰り返して、現在の建設キロ程は28・6キロです。 更には2029年の開業を目指して8・9キロの延伸工事がまもなく着手されようとしています。これら大阪モノレールの事業は、事業主体である大阪府と、大阪モノレールを運行する大阪高速鉄道とが一致協力して推進しています。 さて、大阪市立の工業高校(土木科)を卒業して入社(1989年)した私が、入社7年目の頃に担当していたPC軌道桁(列車の車輪を一定の方向へ導くレールの役割と、列車の荷重を支える桁の役割を担うプレストレストコンクリート製の桁)の架設工事での出来事。橋長‖22メートル、重量‖55トン(標準タイプ)のPC軌道桁は、油圧式トラッククレーン×2台の相吊り架設工法が標準で、このPC軌道桁を大阪府の一大幹線である大阪中央環状線と、大阪府道143号が交わる交差点を跨ぐモノレール橋上に架設する工事でした。 トラッククレーンを据え付けられる場所は、交差点の角に位置するオープンしてまだ日が浅いパチンコ屋の敷地内だけで、私はその敷地にトラッククレーンを据え付ける了解を取るためパチンコ屋のオーナーに会いに行きました。約束の時間を少し過ぎたころ、フルスモークにした黒色のベンツSL500のリムジンが到着し、運転手が開けた後部座席からキラリと生地の光るスーツを纏い、少し長い髪をオールバックにした35歳ぐらいの渋い男性が降りてきました。その男性がオーナーで、私はいささか緊張しながらもオーナーにはっきりと聞こえる声であいさつをしましたが返答はなく、片手を振った「付いて来い」の合図に従ってパチンコ屋の裏側へまわりました。  そして鉄格子が設けられた小窓のある扉の前で、向こう側にいる男のチェックを受けて建物の中に通されました。中に入ると狭い廊下があり、廊下の両側には従業員が整列していて「ご苦労さまです!」の挨拶と共に頭を深く下げている人垣の間をオーナーに続いて奥の部屋へと進みました。はじめての体験に私の緊張のボルテージも上昇。部屋の壁際にはたくさんのモニターがあって、店内の至るところが映し出されている異様な光景に仰天。そしてモニターから少し離れたところにあったソファーに座るようすすめられて腰を下ろすと、国士舘ジャージのセットアップを着た若い男がお茶を運んで来ました。 オーナーがそのお茶をすすめるも、私は震えそうになる手に力を込めながら資料を広げて架設計画を説明していたのですが、再びオーナーからお茶をすすめられたので、「このお茶をいただいたら五万円とかって言わないでしょうね」と自分の緊張を和らげるべく冗談半分で返すと、オーナーが私の顔を覗き込んで「兄ちゃん、昔ヤンチャやってたやろ。顔見たらわかるわ」、「兄ちゃんを気に入ったから好きにしたらええ」とまるで映画やTVドラマのような展開に・・・(笑) その後、心配していたとおりトラッククレーンを据え付けた部分の地盤をへこませてしまいましたが「補修してくれたらええ」と気に留めず、難なく工事を終えました。 現場を任されるようになって、楽しくて夢中で昼夜を厭わず現場を走り回っていたあの頃、懐かしく思う今日この頃です。 次は、私の同級生のIHIインフラシステムの阿部信幸さんにつなぎます。

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